アルバイトには、かなりシフトを入れていた。
周りから見れば、それなりに働いている人間だったと思う。
だからこそ、
「金がない」
とは言いにくかった。
バイトが終わったあと、仲のいいメンバーでそのまま遊びに行くことがあった。
食事をしたり、カラオケへ行ったり。
当時はまだ20歳になっていなかったので酒は飲まなかったが、年上のメンバーが多かったこともあり、居酒屋へ一緒に行くこともあった。
たまには、もっと大きな遊びに出かけることもあった。
そういう誘いが来たとき、
本当は金がなくても、
「金がないから行けない」
とはなかなか言えなかった。
あれだけバイトに入っているのに、どうして金がないのか。
そう思われるのが嫌だった。
実際、説明しようとしても理由はギャンブルなのだから、堂々と言えるものでもない。
ここでも妙なプライドが邪魔をしていた。
ただ、全員に隠せていたわけではない。
付き合いの長い一部の友人には、
「こいつはだいたい金がない」
くらいには思われていた。
そういう相手には、金を借りることもあった。
このころは、
「パチンコに行きたいから1万円貸して」
と、そのままギャンブル代を借りることはまだほとんどなかったと思う。
先に自分の金をギャンブルで使う。
その結果、あとで必要になる生活費が足りなくなる。
そこで友人に借りる。
順番としては、そちらが多かった。
とはいえ、完全に生活費だけだったわけでもない。
たとえば6000円必要だったとしても、
「どうしても1万円必要」
と言って1万円借りる。
残った4000円をギャンブルに使う。
そんなことはあった。
ギャンブルのために借りているわけではない。
少なくとも、自分の中ではそういう理屈にできる。
でも実際には、
借りた金の一部をギャンブルに使っている。
境界はもうかなり曖昧になっていた。
それでも、友人から借りた金は返していた。
返済が遅れることはあっても、
借りたまま完全に踏み倒すようなことはしていなかった。
だから、
「もう二度と貸さない」
とはならなかった。
また困れば、貸してもらえることがある。
今考えると、これは幸運だったのか、不幸だったのか分からない。
金がなくなっても、
最終的にはなんとかなる。
そんな経験を何度も重ねてしまった。
一方で、
私自身が金を貸す側になることもあった。
相手は兄だった。
兄が金に困ると、
「今いくら持ってる?」
と聞かれる。
そこで正直に所持金を答えると、
「それだけあるなら、これくらい貸してくれよ」
となる。
断れる雰囲気でもなく、
半ば強引に貸すことになる。
金額は1万円くらいのことが多かった気がするが、このあたりはもうはっきり覚えていない。
ただ、約束どおりに返ってくることは少なかった。
「来月返す」
と聞いていたものが、
2か月後、3か月後になることも珍しくなかった。
当時は、
いつ返してくれるんだろう。
とずっと待っていた。
自分も金に困っているから、返済日はかなり重要だった。
それでも、兄から見れば私への返済の優先順位は相当低かったのだと思う。
今になって考えると、
私に金が返ってきた日は、
兄がギャンブルか何かで金に余裕ができた日だったのかもしれない。
これは想像でしかない。
ただ、
金に困って友人から借りる自分が、別のところでは金を貸していた。
今見ると、かなり妙な状態だった。
給料が入る。
ギャンブルに使う。
足りなくなれば友人から借りる。
兄に貸した金が返ってくるのを待つ。
また給料日が来る。
その繰り返しだった。
金に余裕があったわけではない。
むしろ、いつも金のことを気にしていた。
それなのに、
本当の意味で行き詰まることがなかった。
どこかから数千円、1万円と金が出てくる。
だから私は、
生活そのものを変えようとはしなかった。
金がなくなっても、なんとかなる。
たぶん、この感覚はこのころにはもうかなり染みついていた。
そして、
19歳が終わった。
20歳になった。
それまで金を借りようとして何度も目にしていた、
「20歳以上」
という条件。
もう、そこでは止められない。
それまで「年齢」で閉じられていた扉が、
少しずつ開き始める。
私はそれを、
借金を増やせるようになったとは考えていなかった。
「やっと金を借りられる」
そう思っていた。
