20歳になって、大手の消費者金融からも借りられるようになった。
最初に契約したのは、たしかモビットだった。
そこで借りた金も、長くは持たなかった。
正確にどれくらいの期間だったのかは覚えていない。
数週間だったのかもしれない。
もう少し持ったのかもしれない。
ただ、大学4年生のころには三社から借りていた記憶がある。
少なくとも、学生ローンとモビットの二社だけで何年も済んでいたわけではない。
借りた金が減っていく。
残りの枠も少なくなる。
そうなると、また別の会社を探すようになった。
もちろん、新しい会社に申し込むことに、まったく抵抗がなかったわけではない。
一社増える。
それくらいの意味は、自分でも分かっていた。
だから、
「じゃあ次」
と、その日のうちに別の会社へ申し込んでいたわけではない。
少しの間は粘る。
給料日を待つ。
返済して空いた枠を使う。
それでも金が足りなくなると、
また借りられる会社を探す。
そして次に申し込んだのが、アコムだった。
契約したのは、駅前にあった無人契約機だった。
店の前まで行って、
周りを見る。
知っている人はいないか。
誰かに見られていないか。
あそこに入るところだけは、見られたくなかった。
大手消費者金融の看板がある。
そこへ自分から入っていく。
知り合いに見られれば、
何をしに来たのかはだいたい分かる。
借金をしていることは、
誰にも知られていないつもりだった。
だから周囲を気にしながら、無人契約機へ入った。
それでも、
入るのをやめて帰ろうとは思わなかった。
当時の自分には、
「ここで借りなければ、もうどうしようもない」
くらいの感覚があったのだと思う。
自分は追い詰められている。
借りる以外に方法がない。
そんなふうに思っていた。
でも、今から見れば、
それ自体が勘違いだった。
この後も私は、新しい借入先に手を出すたびに似たような気持ちになる。
「今回が最後」
「ここがラストチャンス」
そのたびに、自分では崖っぷちに立っているつもりだった。
でも実際には、
そこはまだ十分に引き返せる場所だった。
それに気づくのは、
十年以上も後になる。
このころには、ギャンブルの中心も変わっていた。
20歳になるまでは、パチンコやスロットが中心だった。
20歳になってすぐに、ネットで地方競馬を買えるようにした。
そこからは、日中に金があれば地方競馬を買っていた。
大学にいるときも買う。
家にいるときも買う。
バイトがない日はパチスロを打ちに行く。
そしてパチスロを打っている最中も、
スマホでは地方競馬を買う。
目の前ではスロットが回っていて、
手元では次のレースを買っている。
一つのギャンブルをしながら、もう一つのギャンブルをしていた。
金を使う速度が遅くなるはずがなかった。
それでも、このころは返済を遅らせてはいなかったと思う。
毎月の支払いはする。
だから自分の中では、
まだ大きな問題にはなっていなかった。
ただ、
借金が全部でいくらあるのかを気にしていた記憶はあまりない。
学生ローンがいくら。
モビットがいくら。
アコムがいくら。
全部合わせればいくらになるのか。
そうやって総額を出して、
「こんなに借金がある」
と考えることはほとんどなかった。
私が見ていたのは、もっと目の前の数字だった。
今月はいくら返せばいいのか。
そして、
あといくら借りられるのか。
その二つだった。
たとえば限度額が10万円で、
8万円使っていたとする。
普通なら、
「借金が8万円ある」
と考えるのだと思う。
私が気にしていたのは、
「あと2万円使える」
のほうだった。
返済日が来れば数千円を払う。
すると、少しだけ枠が戻る。
借金が減ったことより、
また使える金が増えたことのほうが重要だった。
会社が一社増えれば、
返済先も増える。
でも同時に、
使える枠も増える。
総額を見なければ、
借金が増えている実感は薄い。
このころの私は、
複数の借金を抱えているというより、
複数の財布を持っているような感覚だったのかもしれない。
給料が入る口座。
学生ローン。
モビット。
アコム。
それぞれに、
「今いくら使えるか」
がある。
足りなければ別のところを見る。
返済して枠が空けば、また使う。
まだ延滞もしていない。
毎月払っている。
だから、
なんとか回っているように見えた。
実際には、
返済能力が上がったわけでも、
収入が増えたわけでもない。
借りる場所が増えただけだった。
それでも私は、
まだ回せていると思っていた。
この先、
新しく借りられる場所がなくなるまでは。
