最終的に、私はギャンブルが原因で400万円ほどの借金を抱えることになる。
ただ、最初から借金をしていたわけではない。
ある日突然パチンコ屋に入り浸ったわけでもない。
今になって振り返ると、もっとずっと前から、私の生活の中には当たり前のようにギャンブルがあった。
小学生のころ、よく遊んでいたのがゲーセンの競馬メダルゲームだった。
当時ハマっていたのが、KONAMIの「G1 HORSE PARK」。
本物の競馬よりも、こちらの方がずっと身近だった。
もちろん馬券を買っていたわけではないし、現金を賭けていたわけでもない。
それでも、メダルを入れて、レースを見て、当たった外れたで一喜一憂する。
今思えば、このころから私は「賭けて結果を待つ」という遊びがかなり好きだったのだと思う。
中学生になると、SEGAの「STARHORSE」、通称スタホにハマった。
ここからスタホとは、かなり長い付き合いになる。
ゲーセンに行けば競馬ゲーム。
それだけではなく、店内に置かれていた少し古めのパチンコやスロットでも遊ぶようになった。
そのせいで、自分の世代ではない昔の機種を妙に知っている。
吉宗、番長、SHAKE。
パチンコでは「新世紀エヴァンゲリオン 〜使徒、再び〜」が一番好きだった。
競馬も似たようなものだった。
そのころ走っていた最近の馬より、競馬ゲームに登場する昔の名馬の方が詳しかったくらいだ。
トウカイテイオー。
アブクマポーロ。
子供のころから、そんな馬が好きだった。
後年、トウカイテイオーが「ウマ娘」に登場しているのを見たときは、少し不思議な気持ちになった。
自分の中では、ずっと昔から知っている競走馬だったからだ。
リアルの競馬にも、少しずつ触れるようになった。
まだ自分では馬券を買えない年齢だったが、家族に競馬場へ連れて行ってもらうことがあった。
私は予想だけする。
その予想を大人が代わりに買う。
それでも自分としては、十分に競馬をやっている気持ちになっていた。
今でも忘れられないレースがある。
ある年のフェブラリーステークス。
私はフィールドルージュを本命にしていた。
ところが、レースが始まってすぐにフィールドルージュは競走中止。
何もできないまま、自分の予想だけが終わった。
あのときのやるせなさは、今でもかなり鮮明に覚えている。
子供のころの競馬の思い出なら、もっと楽しい場面が残っていてもよさそうなものだ。
それでも強く残っているのは、
「本命馬が競走中止した悔しさ」
だったりする。
今振り返ると、その時点ですでに十分それらしい。
もっと昔までさかのぼれば、ギャンブルは家庭の中にもあった。
子供のころ、家族で夕食を食べたあと、大人たちがパチンコへ行くことがあった。
子供だった私は先に帰る。
大人たちはそのままパチンコへ行く。
帰ってきたときにお菓子を持っている日は、なんとなく機嫌が良かった。
当時の私は、それを特に変わったことだとは思っていなかった。
パチンコも競馬も、ゲーセンの競馬ゲームも、
全部「大人が楽しむ遊び」の延長線上にあったのだと思う。
もちろん、それだけで家族のせいで私がギャンブルにハマったと言いたいわけではない。
そんな単純な話ではない。
ただ、今振り返れば、
私にとってギャンブルは、最初からずっと身近なものだった。
「ギャンブルを始めた日」がはっきり存在するというより、
気がついたら、ずっとそこにあった。
このころの私は、もちろん知らない。
ゲーセンで競馬ゲームを楽しんでいた自分が、
十数年後には借金を借金で返し、
それでもギャンブルをやめられず、
最終的に400万円ほどの借金を抱えることになるなんて。
まだこのころは、
メダルがなくなれば遊びは終わった。
現金がなくなっても、
誰かがお金を貸してくれるカードなんて持っていなかった。
それが変わるのは、もう少し先の話だ。
