学費の支払期限まで、
あと2週間ほど。
もう、自分だけではどうにもならなかった。
私は祖父に電話をした。
電話で詳しいことを話した記憶はない。
ただ、
「大事な話がある」
と伝えて、
祖父の家へ向かった。
祖父には、
昔からよく世話になっていた。
祖母は専業で、
家のお金を稼いでいたのは祖父だった。
子どものころから、
お小遣いをくれるのも祖父だった。
そんな祖父に、
今度は大学の学費を使ってしまったことを話す。
言い出すまでにも、
かなり勇気が必要だったと思う。
学費として残しておかなければならなかった金を、
少しずつ使ってしまった。
最初は戻せると思っていた。
でも戻せないまま、
支払期限が近づいた。
そう説明した。
祖父は、
怒鳴るような人ではなかった。
その日も、
大声で責められた記憶はない。
ただ、
呆れられた。
そして、
「なんでもう少し早く言ってくれなかったんだ」
と強く言われた。
それは当然だった。
残り2週間。
相談するには、
あまりにも遅い。
祖父は、
必要な金を用意してくれた。
祖母も一緒に、
銀行のATMまでついてきてくれた。
現金を口座へ入れ、
大学への振込操作は自分でやった。
振込が終わる。
出てきた明細を、
一緒に来てくれた祖父母に見せた。
これで、
学費は払えた。
そのときは、
本当に情けなかった。
泣くほど申し訳なかった。
自分で使ってしまった金を、
祖父に用意してもらう。
しかも、
期限ぎりぎりになってから相談する。
情けないという言葉では足りないくらいだった。
同時に、
正直なところ、
助かった。
とも思った。
大学に払えないという問題は、
これでなくなった。
ただ、
祖父母との話には続きがあった。
当然、
聞かれた。
「ほかに借金はないのか」
本当は、
あった。
このころには、
消費者金融などから70万円か80万円ほど借りていたと思う。
でも、
それは言えなかった。
学費を使い込んだことだけでも、
こんなに迷惑をかけた。
そのうえ、
実はほかにも何十万円も借金があります。
そこまで話す勇気はなかった。
だから、
隠した。
今なら、
ここが大きな分岐点だったと思う。
あのとき、
全部話していれば。
消費者金融の借金まで含めて、
助けを求めていれば。
その後は、
少し違っていたかもしれない。
でも当時の私は、
そう考えなかった。
学費の問題は、
祖父に助けてもらって終わった。
残った問題は、
誰にも知られていない消費者金融の借金。
そして、
私が考えたのは、
その借金を正直に話すことではなかった。
バレる前に返せばいい。
返してしまえば、
最初からなかったことにできる。
そのためには、
どうすればいいのか。
ここまで読んでいる人なら、
もう答えは想像できると思う。
私が考えたのは、
働いて少しずつ返すことではなかった。
金を増やして、借金を一気に返すことだった。
学費を使い込んで、
祖父母に80万円近い金を用意してもらった。
そこまでいっても、
私が向かった先は、
ギャンブルをやめることではなかった。
もっと真剣にギャンブルをして、勝って返そう。
反省した。
でも、
反省する方向を完全に間違えていた。
