少し遡って、
大学卒業が近づいたころ、
私は友人から、
20万円ほど借りた。
就職先は決まっていた。
卒業までには、
まだ少し時間があった。
そのころ、
友人と旅行へ行こうという話になった。
私は、
金がないと言っていた。
それでも、
友人は一緒に行きたかったのだと思う。
最終的に、
友人から金を借りて、
旅行へ行くことになった。
その場で、
確か現金で、
20万円ほど受け取った。
そして、
借用書も書いた。
返済期限までは、
決めていなかった。
ただ、
毎月1万円くらいずつ返す。
そんな約束だったと思う。
さらに、
借用書には、
返済が滞った場合、
祖母へ連絡してもいい。
そこまで書いた。
貸す側からすれば、
貸し倒れになるのは困る。
私も、
就職すれば返せると思っていた。
だから、
その条件を受け入れた。
旅行は、
関東から関西方面へ向かう、
3泊4日の旅だった。
在来線を使って、
かなり長い距離を移動した。
途中で何か所か泊まりながら、
西へ進んだ。
そして、
その旅行中にも、
私は地方競馬をしていた。
借りた20万円すべてが、
旅行代に必要だったわけではない。
余った金もあった。
その金で、
競馬をする。
当たれば、
早く返せる。
友人からも、
そんな話をされていた。
もちろん、
そんな都合よくはいかなかった。
帰る日になって、
友人は、
「在来線で帰るのはしんどい」
と言って、
先に新幹線で帰った。
私は、
一人で帰った。
本当に疲れていただけなのか。
それとも、
もう少し前から、
私にうんざりしていたのか。
今となっては分からない。
就職してからは、
最初のうちは返していた。
20万円あった借金は、
十数万円まで減った。
でも、
そのうち、
返済が止まった。
金がなかった。
催促の連絡も来た。
私は、
それを無視するようになった。
そして、
無視したのは、
その友人だけではなかった。
共通の友人からの連絡も、
全部無視した。
それまでは、
一緒に遊んでいた人たちだった。
ゲーセンで知り合った友人たちだった。
でも、
借金を返せていない相手がいる。
その共通の友人たちと、
普通に遊ぶことなんてできなかった。
結果として、
私は、
金だけではなく、
人間関係まで失っていった。
それまで通っていた場所にも、
行きづらくなった。
友人に会う可能性がある場所を、
避けるようになった。
借金を返せない。
だから、
連絡を見ない。
人にも会わない。
行く場所まで変える。
このころには、
金の問題が、
少しずつ生活そのものを狭くしていた。
そして、
借用書に書いたあの一文が、
現実になる。
返済が滞ったら、祖母に連絡してもいい。
私は、
そのことをほとんど考えないまま、
連絡を無視し続けていた。
