学費を使い込んだことを祖父に打ち明け、
大学への支払いは何とか済ませることができた。
でも、
消費者金融から借りている金のことは話せなかった。
祖父から、
「ほかに借金はないのか」
と聞かれたのに、
私は隠した。
だから、
学費の問題が片付いたあとも、
自分の中には別の問題が残ったままだった。
この借金を、どうにかして返さなければならない。
そこで私が考えたのは、
ギャンブルをやめることではなかった。
むしろ逆だった。
もっと真面目にギャンブルをやろう。
そう思った。
これまで負けてきたのは、
適当にやっていたから。
熱くなって、
レートを上げて、
その場の感情で勝負していたから。
だったら、
そこを直せばいい。
今までよりきちんと考えて、
ルールを守ってやれば、
借金くらい返せる。
本気でそう思っていた。
地方競馬では、
前日から予想するようにした。
レース映像を見る。
気になった馬をメモする。
当日になってから適当に買うのではなく、
前もって考える。
そして、
一番意識したのはレート管理だった。
負けたからといって、
次のレースで一気に取り返そうとしない。
決めた金額の範囲で買う。
それを続ければいい。
パチスロでも同じだった。
狙ったのは、
期待値のある台だけを打つこと。
どの状態なら打てるのか。
どこまで回せばいいのか。
そういう数字を自分なりに整理して、
ノートにまとめようとした。
期待値稼働を徹底すれば勝てる。
そのための自分専用の資料を作ろうとした。
ただ、
そのノートは結局完成しなかった。
今思えば、
そこも自分らしい。
「ちゃんとやろう」
と思っている間は、
かなり真面目に取り組む。
でも、
それを長く続けるところまではいかない。
それでも最初の数日は、
以前より落ち着いていたと思う。
地方競馬でも、
決めたレートを守る。
パチスロでも、
期待値を意識する。
少しくらい負けても、
「これは長い目で見れば問題ない」
と考える。
ギャンブルの期待値というもの自体は、
理解していた。
だから、
数日の負けで全部を崩してはいけないことも分かっていた。
問題は、
負けが数日では終わらなかったときだった。
負ける。
また負ける。
さらに負ける。
そうなると、
少しずつ冷静ではいられなくなる。
このまま同じ金額で続けていて、
本当に借金を返せるのか。
もっと早く増やさなければいけないんじゃないか。
そう考え始める。
そして、
決めていたレートが崩れる。
賭ける金額が増える。
パチスロでも、
最初に決めていた基準から外れた台を打つ。
気がつけば、
いつものやり方に戻っていた。
結局、
一週間かそこらだったと思う。
「今度こそ真面目にやる」
と決めた自分は、
あっという間にいなくなった。
知識がなかったわけではない。
期待値も、
レート管理も、
理屈としては分かっていた。
でも、
負けて熱くなった自分に、その理屈を守らせることができなかった。
自分なら、
種銭さえあれば勝てる。
ちゃんとやれば勝てる。
そう思っていた。
実際には、
種銭が増えれば、
負けられる金額が増えただけだった。
そして祖父母には、
借金のことを隠したままだった。
表向きは、
学費の件で反省した孫。
でも裏では、
まだギャンブルを続けている。
借金も残っている。
その後ろめたさは、
少しずつ人付き合いにも出ていたのだと思う。
自分から連絡する回数が減る。
会いに行く回数も減る。
何かを聞かれるのが嫌だったのかもしれない。
自分でも気づかないうちに、
隠し事がある相手から距離を取るようになっていた。
このころの私は、
社会人になれば全部解決する、
とも特に思っていなかった。
給料が増えれば、
多少は楽になるとは思っていた。
でも、
すでに三社から借りている。
これ以上、
新しい会社から借りられるとも思っていなかった。
だから、
今ある借金をどうにかするしかない。
そう考えていた。
もちろん、
その後の私は、
まだまだ新しいところから金を借りることになる。
このときは、
そんなことになるとは思っていなかった。
